珠洲の野菜を全国へ届けたい 挑戦する若手たばこ農家/浦野農園

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家から歩いて1分で海、背後には山、そしてそれらに囲まれた畑。大きく背伸びをしたらきっと気持ちの良いことだろう。コロナ渦で世界が混乱している今の情勢を感じさせないような、ゆっくりした空気がここには流れているような気がした。
代々続くたばこ農家だけでなく、野菜のオンライン販売ツール「ポケット・マルシェ」(略してポケマル)を活用した野菜農家としての側面もみせる浦野農園。今回は、その農園の、まさに『舵取り役』を務める、長男の浦野 博充さんに話を伺いました。

浦野さんは生まれも育ちも珠洲市。九州の農業大学を卒業後、珠洲市へUターン。(写真はオンライン取材の様子)

やりたいことがみつからない。だから「行動」

背後に里山が続く農園の風景

農園のすぐ近くには海岸が広がる

―当初から農家を継ぐ意思はあったのですか?
昔から農業はそんなに嫌いな仕事ではありませんでした。でも、大好きだったかといわれると分からなくて。僕は三人兄弟の長男で、幼いころからたばこ農家として働く父の背中を見てきましたが、「継ごうかな。でもやりたいことが見つからない。」という想いが高校の頃までありました。高校卒業間際に「このままズルズル夢を見つけずに行くのもやばい。自分のやりたいことを、後悔のないようにやってみたい」と思い、4年間で卒業したら家に帰ってくるという条件で九州の農業大学に進学しました。

―大学に行ってどうでしたか?
大学では、何かわからないけど楽しそう、面白そうと思ったものは、まず受け入れてみました。結果的にそれが幸いし、先輩や友達とのつながりもできました。さらには、大学で出会った方が今のお嫁さんでもあります。はじめは何も関係性がなかったところで、自分から知り合いを作り出せたことがうれしかったですね。今はコロナの影響で困難ですが、昨年までは毎年、九州にも帰省していて、まさに九州は自分にとっての第二の故郷になっています。
農業について言えば、大学に行ったことの意義は「したいことにチャレンジしていったら最終的にそれが農業になって帰ってこられた」というところにあります。農業は、自分の力次第でいくらでもかたちを変えていける。この「開拓性」という魅力があるから、僕は、この仕事でよかったと思うし、これからも続けていくと思います。

農家としての新たなチャレンジ

―代々続くたばこの栽培以外に、野菜の栽培も行われているようですが?
僕は、何かしようと思ったときに、「一時の好奇心」を受け入れることにしています。野菜栽培を始めたのも、自分でチャレンジしたいと思ったから。失敗したらどうしよう、をいかに考えずに行動するかが大切なんですよ。もちろん、今は学生ではなく社会人。物事の判断などは慎重に行わなければならないことは分かっています。ですが、今までチャレンジしてここまできたのだから、これからもこのスタイルでいくつもりです。

―育てている作物は何ですか?
基本的にはたばこ農家なのでたばこを育てています。そして米も代々作っています。その中で、父母とは別に、自分枠でのチャレンジとして、ブロッコリー、ジャガイモやケール、ピーマンなどの野菜も育てています。
また、冬季に石川で農業ができないときには、九州へ行き、大学で知り合った農家さんを手伝ったり、同じく跡を継いだ同級生と悩みを相談し合いながら、一緒に野菜をつくったりもしています。

たばこは2月下旬頃に種を植え、苗まで育ててから畑に定植する。

―耕地面積は広いのですか?
 たばこは約370アール、学校のグラウンドは約20アールなのでだいぶ広いですね。ちなみに、たばこは収穫だけは手作業なんです。少しずつですが6~9月頭までほぼ毎日。かなりしんどいですが、その中でもいいたばこを見たりするとやる気が出ます。

広大な面積のたばこ畑

―一日の過ごし方は?
まず朝、苗の調子を確認して、朝ご飯を食べて一日のスケジュールを考え、夜遅くまで仕事をします。僕は今、朝早くに目が覚めて、じいちゃんがやるようなことをやりだしているのがショックなんですよ(笑)。もちろんこれはすごく真面目でいいことなのですが。2〜3年前までは「なんで毎朝畑に行かんといけんのやろう」と思っていたのに、気になるようになってきたんですよ、最近それが。

農園の将来を考える

―たばこと野菜の両立はこれからどのようにお考えですか?
たばこはJTに守られています。自然災害の影響などへの保障があり、運送費も負担していただけるので、価格をあまり上げることなく全国に出荷できています。一方、独自でやっている農業は保障がほぼ無く、作ったものを金沢や東京に出荷すれば、その分運送費がかかり、他の野菜よりかなり高くなってしまいます。その結果、作った量と消費量が釣り合わなくなることが悩みとしてあります。
では、なぜわざわざ野菜を作っているの?という話になるかもしれませんが、「たばこがあるからこそ、野菜づくりにチャレンジできている」のです。たばこという存在を前提として、いかに、余裕があるすきに挑戦し続けるか。何かあった時の保険をたくさん作っているような感覚で、いろんなことにチャレンジしています。そうすることで、後々たばこも含めて農園をいい方向にもっていけると思うんです。

農園で収穫したピーマン

―農園では今年から働く人が増えたそうですね。なぜ人を雇おうと思われたのですか?
体にムチを打ちながら仕事をする父の様子を見ることが多くなり、「このままでは父も僕も続けていけない。経営のやり方を変えていくべき」と思ったのがきっかけです。たばこ農家として、耕地面積の広さを何とかしないといけない。そのためには、お金を払ってでも機械化したり人手を借りたりして、自分の時間を少し大事にするという、リスク分散の働き方ができないのかな、と考えた結果です。将来的には、現在新しく雇っている20代の3人とともに、父母を休ませながら、同じ耕地面積かそれ以上を経営できればいいと思っています。
また、この3人が入ることでお金じゃない価値を感じることができたんですよね。言葉ではしっかりと表せないんですけど、互いに切磋琢磨しあうことに生きがいが生まれたような、そんな感覚です。農業をやりたいと思ってやって来てくれた人には、それらの想いを叶えてあげたいと思っています。向いてないと思うなら向いているようなやり方に変えればいい。やる気さえあれば、どなたでも大歓迎です。

最近は、新たにアルバイト3人も加わり、農園はより活気を見せている。

野菜のオンライン販売に挑戦

―ポケット・マルシェを通じて成し遂げたいことはありますか?
 奥能登で作った野菜をどうやったら多くの人に届けられるかを考えたのが、ポケマルでした。僕は、自分が「食べてみたいな」という野菜を植えているので、いくら農家とはいえ、一つひとつの野菜で勝負している農家さんと比べれば、プロではないわけです。隣のおばあちゃん家の野菜の方がおいしいと言いたくなるほど(笑)。そこで、僕がつくったというよりは、「石川の能登の土で育った野菜」であることをアピールするようにしています。
実際、僕の農園では、たばこの収穫などで忙しい時には野菜を出品できないことが多いです。そういう時に、近くの農家さんに「もっと能登で生まれた野菜を必要としている人がいるよ」というのを伝えていかなければならないと思っています。
珠洲の農家が一体となって、多くの方に野菜を届けることが、僕の農園も含め、珠洲の農家が生きられる唯一の道だと思います。
 それから、「若い人が作ってます」というのも押したいですね。農業を始めて間もない若い農家の野菜が、1年目は小さかったけど、2年目も「あの人頑張ってるから」と買ってくれて「去年より美味しくなったね」と言ってもらえると、若い農家に絶対に響くと思うんです。いかに失敗しても売り続けるか。ポケマルだったらリアルに感想もくるし、それが反省にもなって生きると思います。ちょっと虫食いがあってもそれが愛嬌だったり、経験が浅いのだから大丈夫と思ってもらえたりするので、そういう「若い人たち目線」の野菜や農家の成長を見守っていくこともすごく大事だと思いますね。

―最後に、若者へメッセージをお願いします。
あれこれ考え込んで不安に陥るくらいなら、まずは「やったほうがいい」と思いますね。思い切って「やりたいことに手を付ける」のも「不安を忘れるために何かをする」のもよし。とにかく思い立ったら行動してください。「思い立ったらやる」の精神は、見ていてとても刺激になるので、そういう人が増えてほしいです。
実際、僕は今、農業をしている自分が一番楽しいと思っています。皆さんの挑戦の一つとしてぜひ、一緒に農業をやってみませんか。頑張れば頑張った分、自分に返ってくる仕事です。

農園の野菜を使った100%自家製カレー。スパイスも浦野さん手作り。

(以上、インタビュー)


今回取材をお受け下さった浦野さんは、農園を経営することを「全力」で「楽しんで」おられました。また、従業員それぞれに合わせる「かたち」をとり、「年下の人であれば一緒に飲みに行ったりもできるし、楽しみ」と話す姿からは、浦野農園が温かくて、安心しながら、かつ楽しんで働ける場所であることが伝わってきました。そして、新たな経営のかたち、珠洲の野菜農家としてのあり方など、どんどんかたちを変えていく農園自体にどこか生命力を垣間見たような気がしました。少なくとも私はそんな姿に刺激を受け、さっそく行動しなければと思っています。みなさんも浦野さんを超える「楽しい」を見つけるために、まずは「やってみる」ことから始めませんか。

珠洲おしごとライター 石村茜実(金沢星稜大学)
取材日:2020年9月17日
※能登キャンパス構想推進協議会「奥能登チャレンジインターンシップ」として実施

リンク
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