広々とした放牧地で 牛たちが健やかに育つ牧場づくり/松田牧場株式会社

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かわいい。牛は胃袋を4つもっていて、「草を一番目の胃袋に詰め込み、少しずつ口に戻しかみ砕いて、胃袋に入れる」の反芻(はんすう)をするために基本的には座っているらしい。寝ているとばかり思っていたが、目はパッチリで、消化するために休憩していたのだ。
「小動物はかわいがるものだけれど、牛にはかわいがってもらっている気がする。安心させてもらう感覚ですかね」そう話すのは、松田牧場株式会社社長の松田 徹郎さん。
現在までの道のりは決して楽ではなかったというが、取材時、ときおり聞こえてくる牛たちの鳴き声は、にぎやかで平和な印象を与えた。きっとこの牛たちと、どんな困難をも乗り越えてきたのだろうな。
そんな彼らの鳴き声が響くふとした日常さえも経営の味方にできる雰囲気豊かな牧場で、牛たちと向き合い続ける松田さんにお話を伺ってきました。

松田さんは農業大学卒業後、長野と石川の牧場に4年間勤務。のちに珠洲市で松田牧場を設立し、独立。

乗り越えてきた険しい道

―なぜ牛を育てる仕事をしようと思われたのですか?
父が大型動物の獣医師をしていたので、僕自身小さな頃から診療について行って牛などとも馴染みが深かったですし、父と連携して仕事ができるところが強みだと思ったからです。

牛のブラッシングは牧場でも頻度の高い作業。きれいになることで牛のストレス軽減にもつながる。

―長野と石川の牧場で長く勤務されていたようですが、なぜその後独立なさろうと?
仕事をしながら牛についてたくさん勉強しまして。そのうちに「自分だったらこうしたい」という想いがだんだん積み重なっていっていたんですね。例えば、草の種類ひとつとっても、以前働いていた牧場では輸入した牧草を牛にあげていたんですけど、それを見て「絶対自分たちで作った方が、牧草を取り寄せる作業を行う従業員の負担が減るのに」と考えたり。その気持ちが爆発して、独立のかたちへと導いたんだと思います。

―独立当初、苦労などは?
ありましたね。自分がどこまでできるかというのもまだわかっていなかったですし、朝5時から夜の12時まで働いているみたいな、そんな状態になったことが一時期ありました。その時は本当に大変でしたが、今は従業員も増えて楽になりましたね。

牧場に夕日が重なる美しい光景。自然の美しさが際立つ。

―なぜ珠洲で牧場を経営しようと?
同じ石川県内でも河北潟には牧場が多かったので、当初はそこで土地を探していたんです。でも土地の値段が高いし、1つの牧場に付いてくる放牧地も7ヘクタールほど。それに対して、珠洲は放牧地が10ヘクタール以上もあり、土地の値段も安かったので珠洲に決めました。今は放牧地を含めた経営面積が約35ヘクタールです。

乳牛と和牛の二刀流で

―乳牛と和牛、両方育てていらっしゃるのはなぜですか?
最初は乳牛を育てる「酪農」だけをやりたくて始めたんです。でも僕が牧場を始める前、和牛の相場がすごく上がったことがあって。それで「和牛の方が儲かるな」と思い始めました。和牛と乳牛では、和牛の相場が高いと乳牛の相場が落ち込むという傾向がなぜかあり、「和牛と乳牛と二刀流でやっていけばリスクを回避できるな」と。それで両方やることに決めました。
ちなみに和牛の育て方は、母牛に子牛を産んでもらって生後から9か月頃まで育てる「繁殖農家」です。ですので、育成後は肥育農家に市場を通して販売をしています。当時は和牛のノウハウが全くなかったので、始めたときは右も左もわからないままやっていましたね。ホルスタインという乳牛は、オスは全て生後約1か月で肥育農家に販売していますが、メスは搾乳用に全頭を残しています。
今は、黒毛和牛とホルスタインの2種類で、計120頭を飼育しています。割合は、乳牛:和牛=3:7で、これからまた30頭ほど数を増やす予定です。もう少し和牛を増やしていこうかなと思っています。

収穫された牧草を夢中に食べる乳牛たち。メスは生後1か月以上成育される。

茶色い毛並みが目立つ和牛の子牛。生後9か月ごろまで育てられ、肥育農家へと移される。

―牧場の仕事はどんなものがありますか?
基本的には牛の世話です。餌やり、糞の掃除、種付け、ブラッシング、放牧、牧草の収穫などです。たくさんの仕事があるので、やはり従業員がいないと回らないですね。仕事をする過程での従業員同士のコミュニケーションはとても重要で、牛の発情を見落としたりするなど、たとえそれが1つのミスでも大きな問題になることもあります。といっても、未経験から始められた方もおられ、現在は従業員6名。やる気と協調性があればどんな方でも歓迎します。

搾乳したミルクは管を通って、この部屋にあるタンクで冷やされる。

美しい放牧の景観

広々とした放牧地と背後に連なる山並み

―松田さんの思い描く“The牧場”とは?
放牧された牛によって生みだされる、美しい景観でしょうか。和牛についてはずっと放牧を行っているのですが、乳牛は、乳を搾らない期間、つまり分娩前の1か月間だけ放牧をしています。ゆくゆくは全ての乳牛を放牧できればいいなと思っています。

―放牧することのメリットは?
放牧は日本の地形に合った方法だと思います。牛は急な斜面でも登っていけるんですよ。日本は使い切れていない山林が多くて、それらを有効に生かせる産業が、放牧する畜産なのではないかと思います。その斜面に生えた草も牛のえさになりますし。また、牛も歩くことで筋肉ができて、健康になるんですよね。

斜面が急な放牧地で草を食べる牛たち。歩くことで健康にもなる。

―放牧のために行っていることは?
牛も食べない草があるので草刈りが必要です。木が多すぎると影になって草が生えないなんてことも。かといって木がなさすぎると日影がなくなって暑いので、ちょっと木が生えていて、食べる草がたくさんある状態に近づけるためのお手入れは必要ですね。
また、放牧地拡大のために電気柵を張りました。うちは結構広い範囲で放牧を行っていまして、放牧地の周囲は約5km。コストもかかるので電気柵にしました。牛にとって危険なのでは?と思うかもしれませんが、牛は1回電気ショックを憶えれば触らなくなるので、牛にとってはそんなに悪いものではないんですよ。

―後継者不足と言われる酪農・畜産業界ですが、なぜ若い人が少ないとお考えですか?
ネックとなっているのは資金調達ではないでしょうか。ちょっとした規模でもとにかく多くの資金が必要なんです。なので、気軽に始められる類の業種では全くないのが現状ですね。それでも、牧場のいいと思うところは、動物と触れ合えるところです。好きな人は、きっと好きになれる仕事だと思いますよ。

知り合いから預かっている馬。牧場で牛とともに飼育されている。

(以上、インタビュー)


従業員6名からなる珠洲の松田牧場。ネズミ捕りのために猫を飼っていたり、預かるかたちで馬を飼育していたりと、私の中での牛だけがいる牧場のイメージを、愉快なものにさせてくれました。また、「牛には前歯がないため、前に飛び出ている下の歯と歯ぐきで葉を引っ張って食べるんですよ。だから牛は噛むことはないんです」と、牛についての豆知識を語る松田さんは少しうれしそうで、聞いているこちらも温かな気持ちになりました。いつか松田さんの思い描く「The 牧場」の光景が実現し、そこに訪れる多くの人が温かい気持ちに包まれたらと、私は少し楽しみです。

珠洲おしごとライター 石村茜実(金沢星稜大学)
取材日:2020年9月25日
※能登キャンパス構想推進協議会「奥能登チャレンジインターンシップ」として実施