時代の潮目をよみ、デジタル化と鮮度で攻める/田川漁業

はたらく
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インタビューをする応接室に入ってきたのは、耳に骨伝導のイヤホンを掛け、最新のスマートフォンを手に持ち、髪を綺麗に染めた若い方でした。
イメージしていた漁師さんとは全然違う方が入ってこられたので、少しビックリしました。

「漁師」
厳しそうで、大変そう。
初心者でも大丈夫なのか。
昔気質のがんこなおじさん達の怒号飛び交う荒々しい現場。
関わったことのない人の多くが持つイメージではないでしょうか。

興味があっても、不安の方が大きくて、なかなか踏み入れにくい。
そんな漁師の世界へ飛び込むことは可能なのか。
これからの珠洲の漁業を担う、田川漁業の田川 長蔵さんにお話を伺いました。

蛸島町で生まれ育ち、家業の定置網漁を受け継いだ田川 長蔵さん。
優しい笑顔で、質問にも丁寧に答えてくれました

漁師の一日は夜明け前から

-はじめに、仕事の一日の流れや年間スケジュールについて教えてください。
一日の流れは、朝3時頃に出航して、今(12月)だったら、6時~7時ぐらいに終わる感じですね。漁にもよりますけど、イワシの時期(2~4月)だったら10時~11時ぐらいになります。
年間のスケジュールとしては、冬から春にかけて忙しい時期になります。その中でも春先は一番忙しいですね。夏場は網を上げて修理をしたり、船のメンテナンスをしたりします。秋は台風にもよりますが、10月中旬か、遅くても11月にはまた網を入れて、という流れになります。

夜明け前。暗闇の中を漁場に向かう。これが日課

2艘の船で挟みながら網を手繰り、獲れた魚をすくい上げる

鮮度にこだわり、自前で出荷

-田川漁業さんならではのウリはありますか。
うちは獲ってきた魚を自分たちですぐに箱詰め・出荷しているので鮮度が違います。自前で販路を持っているからこその強みになります。
一般的な定置網漁では、魚が一度市場で競りにかけられてから、箱詰めされます。その時間だけでもずいぶん変わります。特にイワシとかイカとかは鮮度落ちが早いですね。
自分らは魚のことを知り尽くしているので、沖から港へ運んでくる時や、箱詰めする時も、魚によって、どう保管したらいいか、どういう氷の使い方をしたらいいかわかっています。だから非常に鮮度がいい。それが一番のウリですね。

水揚げされた魚は船上で選別、それぞれの魚にあった方法で保管される。
写真はスズキ。鮮度を保つためエア抜きをして、生かしたまま港へ運ぶ

夜明け前に獲れた魚が、日が昇る頃にはしっかりと箱詰めされた状態に

漁業の現場も、時代とともにアップデート

-若い世代の田川さんから見て、現場で感じることはありますか。
これからは、設備投資をしてデジタル化していかないと、漁師の世界も厳しいと思います。
うちは網にも魚群探知機をつけているんです。底引き漁だったら魚がいる所に行って獲るんですけど、定置網漁はタイミングが大事で、魚がいるときに獲らないと、次の日に行ってもいないんです。
そうやってデジタル化してきたことで、ずいぶん無駄がなくなりました。
自分が始めた頃は、とにかく無駄が多かった。ただ時間がかかるだけとか、手が空いている人がいたりとか。これからの時代は効率化だと思います。いかに無駄なく最小限でできるか。そこが昔と比べてすごく変わってきている点ですね。労働時間も今の時代は厳しいし、効率よくやらないと人も集まりませんから。今後もAIなどの最新技術はどんどん取り入れていきたいですね。

定置網に設置した魚群探知機はスマートフォンで確認できる。
ブリの時期は、魚が入っていたら皆に連絡し、昼に沖に出ることもあるそう

-そんな中で、課題に感じていることはありますか。
人手ですかね。珠洲市自体がそうなんですが、若い人がいないので。来てくれたらいいなぁって。年々漁師の数は減っています。自分と同世代の中には「もうこの仕事はせん」って言っている人もいますし。市場も、水揚げがなかったらどんどん縮小していって運営が難しくなります。
それに、人がいないとやっぱり寂しいものです。以前に比べたら活気もなくなりました。前は魚ももっと揚がってました。その頃を知っているだけに寂しく感じますね。

そして、漁師になる

-その流れで聞きたいのですが、もし、漁師になりたい、田川漁業で働きたいと思った場合、未経験でも大丈夫ですか。
大丈夫です。やる気がある人、興味がある人なら未経験でも構いません。一回やってみないと分からないですから。合う・合わないは自分で判断してくれたらいいと思います。こちらから辞めてくれということは基本的にないです。
体力的には、初めのうちはしんどいと思います。重いものを持つこともありますし。でも、今は機械があるので前ほど力仕事ではないです。それに、慣れてくれば筋肉もついてきますし、動きにも無駄がなくなり、上手に力を抜きながらできるようになってきます。だから慣れてくると、だんだん太ってきますよ。

-じゃあ、お腹をポンポンと叩かれながら「お前も漁師っぽくなってきたな」と言われたら一人前ですね。
認められたってことですね(笑)。

-いきなり怒られることもありますか。
命に関わる現場なので、時にはそういう場面もあるかもしれません。でも、それはその人の為ですし、命やケガから守る為だと理解してほしいです。それに、もし漁自体が止まってしまったら、みんなにも迷惑がかかることになりますから。
ただ、自分もよく怒られてきたので気持ちはわかります。訳も分からず怒られて「なんでこんな怒られんな…」って思ったこともたくさんありますから。だから頭ごなしに怒ったりせず、若い人には「こういうことだよ」ってちゃんと伝えるようにしています。根性論だけでは若い人はついてこないし、もうそんな時代じゃないですから。そこは変えていかないといけないと思っています。

-田川さんから見て、こういう人は漁師に向いているかもというようなものがあれば。
そうですね、例えば、網の結び方も覚えないといけません。結び方はたくさんありますから。ある程度は教えてくれますが、家に帰って練習しないと覚えられません。でも、多少物覚えが悪くても一生懸命やっていれば、ベテランの漁師はちゃんとわかってくれますし、そういう人はかわいがってもらえますよ。寡黙でも一生懸命やっていれば認めてもらえます。
そういう意味では、人付き合いが苦手な人でも、合う人もいるかもしれませんね。もしかしたら、こっちの方が自分の居場所になることだってあるかもしれません。

現在、インドネシアからの技能実習生も受け入れている。
田川さん曰く「みんな優しい子たちですよ」

-漁師の仕事のいいところ、メリットや嬉しいことはなんですか。
朝、仕事が終わってしまえば、その後は自分の時間です。寝てもいいし、遊びにいってもいい。自分の時間は結構つくれると思うので、そこはお得かな。そこにメリットを感じてもらえたら、これ程いい仕事はないかもしれません。朝が早いのは、初めのうちはしんどいかもしれませんが、身体が慣れてしまえば大丈夫です。
それから、大漁の時の、あの踊るような感覚は味わってほしいですね。
これは漁師の醍醐味ですから。他では経験できません。網に魚が沢山入っている時は、みんな嬉しそうな顔をしていますよ。

-反対につらいことは。
冬場は寒いです。網が破れたりしたら素手で縫わないといけない。
あとは汚れと魚の臭い。これはあります。しょうがない。嘘はつけません。それでも、今はみんな綺麗にしてますよ。これもひと昔前とは違いますね。

豊かな自然と祭りのあるまち、珠洲

-珠洲市についても伺いたいのですが、珠洲のいいところを教えてください。
海はやっぱり綺麗ですね。自分も一度、都会に住んでいたことがあったのですが、珠洲の海は本当に綺麗だなと改めて思いました。釣りもし放題ですし、サーフィンもできます。自然が好きなら楽しめますよ。中には、仕事前に釣りをして、仕事が終わったらまた釣りをして、みたいな。何気ないけど、すごく贅沢なことですよね。都会だと自然と遊ぼうと思うと、お金も時間もかかりますけど、ここでは自然にすぐ触れることができます。
それに、時間がゆったり流れている。都会とは違う豊かな流れです。
祭りもあるし※、いい所ですよ。

※地元の「蛸島キリコ祭り」は、毎年9月10日・11日に開催。

青い海が広がる蛸島漁港。釣りを楽しむこともできる

-最後に、これから珠洲市に来たいと思っている人へメッセージをお願いします。
珠洲に住んでください。
祭りはいいもんですよ。
一緒に御酒でも飲みましょう。

(以上、インタビュー)


田川さんは本当に親切で、優しい笑顔で接してくれました。漁師さんと話してる感じがしなかったです。
インタビューの翌日には、ご好意により、漁の現場を見学させてもらったのですが、そこにはイメージしていたような荒々しさはなく、田川さんのお話のとおり、無駄なく、素早く、効率化されていて、時代の変化を感じました。
漁師の皆さんも、本当に優しく、笑顔で気さくに対応してくださって、とても楽しい取材をさせていただきました。漁師のイメージがいい意味で変わりました。
「漁師は興味があるけど、怖い」そう思っている方、怖がらずに思い切って飛び込んでみてください。
そして、都会で人に疲れた人や、少しコミュニケーションが苦手な方。
田川さん、そして漁師の皆さんが、きっと温かく迎え入れてくれますよ。
そして、まるまる太って、お腹をポンポンと叩かれて、漁師の仲間入りをしてください。

休憩中のひとコマ。この笑顔の中に、自分の居場所があるかも

珠洲おしごとライター 好井 一英
取材日:2021年12月14日
※「珠洲市実践型インターンシップ2021」として実施